ゾンビの世界

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ナイトライダーズ 解説 

 『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』の成功に続く『There's Always Vanilla 』がそうであったように、『ゾンビ』の成功に続く本作もホラーではない一般映画となった。ここにはジャンル映画は好きでそれを撮ることに負い目はなくともその監督としてだけ認知され終わりたくないロメロの抵抗の後が感じられる。
 製作ローレル、製作・配給ユナイテッド・フィルム。プロデューサーのリチャード・P・ルビンスタイン、撮影のマイケル・ゴーニック、音楽のドナルド・ルビンスタインといったロメロ組みの常連に加え、続く『クリープショー』『死霊のえじき』とその後長くロメロと組むことになるクレタス・アンダーソンが初めてプロダクションデザインとして参加している。その他『ゾンビ』のスタッフの多くが『ナイトライダーズ』にも引き続き参加している。
 アーサー王伝説に憧れ、中世の騎士の決闘を模したバイクショーを披露する旅芸人一座を描いた本作は、現代を舞台にした青春映画の一面を持ちつつ、その中に宿命論、騎士道精神、王の退場と新たな王の誕生などといった寓意的でファンタジックな要素が描かれる独特の味わいを持った作品になっている。一般映画ではあるが、ここにも現実とファンタジーが混交するロメロの作風は健在である。
 主人公のビリーは作品の中で騎士道精神を体現し、それに殉じていく。このビリーの凛々しくもどこか哀愁を漂わせているキャラクターを、後に大スターとなるエド・ハリスが好演している。またビリーの相手役となるブラックナイトをトム・サヴィーニが演じているのだが、彼も熱演である(『ゾンビ』と同じく黒衣のバイカーを演じているサヴイーニだが、ロメロが『ゾンビ』と正反対のヒューマンなキャラクターをサヴィーニに演じさせているところが興味深い)。
 サヴィーニ演じるモーガンはTVプロモーターの誘いに乗り、ビリーと反目するが、最後はビリーの意志を継いで王となる。ロメロが映画の中で言わんとするところは、単純にいえば金では購えないもの、商業主義に対して譲れないもの守るべきものがあるということであろう。
 このように本作では商業主義であるが、ロメロはその他の作品の中でも、商業主義であれ他の何であれ人間の心に影を投げかけるものに対してアンチの姿勢を取る。
 またロメロの作品には彼の実人生が反映されたものが多々みられるが、ハリウッドから距離を置き気心の知れた仲間と自分の撮りたい作品を製作してきたロメロの境遇が、騎士道精神などというアナクロニズムなものを守りTVプロモーターの誘いを拒む劇中の旅芸人の集団と重なってみえる。『ゾンビ』で大成功を収めた後、『ナイトライダーズ』にユナイト映画(ユナイテッド・アーティスツ)が出資したように、ロメロもハリウッド資本で映画を撮るようになり、後々商業主義の権化のような場所で苦労することになるのだが、その未来を本作は予見していたともとれる。
 『ナイトライダーズ』をロメロの最高傑作に押す人も多い。確かに『ナイトライダーズ』は素晴らしい映画だが、私は本作はインディペンデント系の監督としてのロメロの限界が垣間見えてしまった作品だとも思っている。サヴィーニはじめとするロメロ組みの俳優が本作でも多数起用されているが(『マーティン』以来のロメロの映画の常連や、脇役で『ゾンビ』のケン・フォーリーやスコット・H・ライニガー、後に『死霊のえじき』に出演する役者、盟友のスティーブン・キングなどなどロメロ映画のファンにはなじみの人々が『ナイトライダーズ』には総登場している。『ゾンビ』のウーリー役のジェームズ・バフィコも出ている!)、ゾンビ映画ではあれだけ映えている彼らも一般映画となるとやや役不足なのは否めない。前述したようにサヴィーニも熱演だが、エド・ハリスと彼とが並び立つ役者であるとは到底いうことはできないだろう。またCM監督出身のロメロの作品は短編映画をつなぎ合わせたようなメリハリのないのっぺりとした映画になりがちで、一般的な意味での映画的起伏に乏しいところがまま見受けられるが、ドキュメンタリータッチとしてゾンビ映画においてはそれらも有効に働いていたものの、2時間30分もの長さの一般映画となるとそれが作品を単調なものにしているとの謗りは否めない。またいつものロメロの細やかで丁寧な演出も映画を冗長なものにするのに手を貸してしまっている(幻想的で美しい映画冒頭の場面など『ナイトライダーズ』には断片を切り取ればいいシーンも多い。これらのロメロ演出における長所とも短所ともとれる部分は後の映画では解消されていく)。 
 と『ナイトライダーズ』の映画としての弱点を指摘したが、それでもなお『ナイトライダーズ』が秀作の部類に入る映画であろうことは間違いない。ここで私も引き合いに出しているように、結局ロメロには常にゾンビ映画の監督としてのイメージやレッテルが付きまとい、『ナイトライダーズ』にしてもその対比の上で正当な評価を受けられていないのが実状である。ファンは常にゾンビ映画級のインパクトをロメロの作品に求めてしまう。他の作品にもいえることだが、ゾンビ映画のロメロという先入観がなければ『ナイトライダーズ』も今以上に評価されている作品ではなかろうか。
 ただ裏を返せばここには、ロメロがゾンビ映画以外にも名作を製作しながらも、ついにゾンビ映画以上に観る者にインパクトを与える映画を監督できていないという厳然とした事実がある。『ナイトライダーズ』という優れた映画を観るとかえってそう思われ、ロメロの才能の非凡さとともにその限界が感じられてもしまうのである。
 『ナイトライダーズ』がヒットしていれば、ロメロはその後もホラー以外のジャンルの映画を監督する機会があっただろう。しかし『ナイトライダーズ』は批評家のうけは概ねよかったものの、結局ヒットには至らなかった。その後ロメロはホラー映画に回帰し『ナイトライダーズ』は現在のところロメロが監督した最後の一般映画となっている(『URAMI〜怨み〜』製作後、ドミニカ共和国のラファエル・トルヒーヨ大統領の暗殺事件を題材に一般映画を撮るはずだったが、大統領役で出演が予定されていたアンソニー・クインの死などで実現に至らなかった。ちなみにエド・ハリスも本作で久々にロメロ作品に出演することになっていた)。
 『ナイトライダーズ』は、日本未公開の作品である。公開予定はあったが、配給を担当していたユナイト映画の日本支社が閉鎖されてしまったため実現しなかった。後に衛星放送やTVの深夜放送などで何度か放送されたらしいが、日本での知名度は低く、ビデオもDVDも発売されていないために日本のロメロのファンにとっては半ば幻の作品になっている。
 血なまぐさい終末世界を描いた『ゾンビ』に続いて、それとは対照的な温かみのあるヒューマニスティックな世界を描いた本作が公開されていたならば、日本でのロメロの評価ももう少し違ったものになっていたかもしれない。

[ 2008/07/09 05:47 ] ジョージ・A・ロメロ | TB(0) | CM(0)
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