ゾンビの世界

「ジョージ・A・ロメロ/ゾンビの世界」のブログです。

マスターズ・オブ・ホラー/悪夢の狂宴 解説 

 『ゾンビ』で組んだロメロとダリオ・アルジェンドが、エドガー・アラン・ポーの小説の映画化に挑んだ二話からなるホラー映画。オムニバスホラーを撮ろうというのはアルジェントからの提案で、ほかにもジョン・カーペンターなどの参加も検討されていたが(残りはウェス・クレイブンともスティーブン・キングともいわれている)、結局ロメロとアルジェントのみの参加となった(日本では前作『モンキーシャイン』がアルジェントの『オペラ座/血の喝采』と同時上映されるという形で「悪夢の狂宴」がすでに実現していたが)。
 ロメロはポーの「ヴァルドマー事件の真相」を、アルジェントは「黒猫」を原作にしている。
 ロメロ編は、催眠術をかけられた状態で死んでしまったために「あの世」と「この世」の狭間をさ迷うことになった魂が「生ける死者」となってこの世に舞い戻ってくるというお話。変則的ではあるが実質的に90年代唯一のゾンビが出てくるロメロの映画である。
 『クリープショー』のエイドリアン・バーボーが愛人と結託して夫の財産をわがものにしようとする悪女を演じ、他にも同じく『クリープショー』のE・G・マーシャルやトム・ワトキンス、ロメロの嫁さんのクリスティーンなども出演している。
 『マスターズ・オブ・ホラー/悪夢の狂宴』は『モンキーシャイン』と『ダークハーフ』の間に撮られているが、これらの作品において従来のロメロらしさがやや薄らいでしまっているのに比べ、低予算映画でECコミックス調の因果応報的な話にゾンビも出てきて、ロメロの映画の常連の役者も出演している本作は、いかにもロメロ印の作品といえるものに仕上がっている。、
 「あの世」の世界の邪悪な何かが、「この世」と「あの世」の狭間をさまようヴァルドマーの魂を通してこの世にやってこようとするあたりの恐怖を醸成していく演出など相変わらずうまい。また自分を裏切った妻にゾンビとなったヴァルドマーがヒタヒタと迫る様はなんとも不気味で、ロメロの「リビング・デッド」シリーズのファンをニヤリとさせてくれる
 だが1時間の作品であるがそれでも少し冗長に感じられるきらいが本作にはある。なんというか『クリープショー』の一挿話分ぐらいのボリュームの話を引き伸ばしたような薄味さが「ヴァルドマー事件の真相」にはあるのだ。
 『ヴァルドマー事件の真相』のロメロ同様、アルジェント編の『黒猫』も、猟奇性、幻想的風味、無国籍的雰囲気などアルジェントの持ち味がよく出た作品となっている。だがロメロ編とは逆に『黒猫』は長編映画にもなりうるだけのボリュームの物語を一時間の短編に凝縮したような内容で、とても中身の濃いものとなっている。同じ作家の小説の映画化ということで、本作には二人の映画監督の個性の違いがより明確に現れているが、あえて両作品を比較するとすれば、ロメロのファンとしては残念なところだがアルジェント編に軍配を上げざるおえないだろう(私は「黒猫」をアルジェント映画の傑作のひとつに上げたい)。
 ダリオ・アルジェントに対しては、日本のロメロファンの一部には『ゾンビ』が日本で最初に公開された際にアルジェント監督作と宣伝されたためにロメロの功績が横取りされてしまったという怨みがある。だが、このアルジェントのロメロにはない独特のセンスが、彼が製作や音楽、脚本コンサルタントという肩書きで参加した『ゾンビ』の、その他の「リビング・デッド」シリーズにはみられないハイセンスな感覚を生み出す一つの要因になったことは認めざるをえないだろう。
 なお本作は日本未公開となっているが、1990年の東京国際ファンタスティック映画祭で『マスターズ・オブ・ホラー/死霊の黙示録』の題名で上映されたという経緯がある。当初の予定通り複数の映画監督が参加したポー原作のホラーアンソロジーのようなものになっていたら本作ももう少し注目されていただろうか。
 ちなみに本作とはまったく関係ないが『マスターズ・オブ・ホラー』(2005)という同じ題名の、ダリオ・アルジェントはじめ13人のホラー映画監督が参加したTVシリーズが存在するが、これには当初ロメロの参加も予定されていた。

[ 2008/07/08 19:45 ] ジョージ・A・ロメロ | TB(0) | CM(0)
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